稼げない障害者

アッシャー症候群との闘い! > コラム

中途障害者が危惧すること。


 「僕はこの先、人並みに稼ぐことができるのか」


五体満足な者でさえ就職は厳しいというのに。

僕には学歴がないし、職歴もない。

アルバイトみたいな仕事を転々としてきたせいで、手に職もない。

 「そりゃオマエ、自業自得だろ!」

という声が聞こえてきそうだが、障害者になることが“わかっていたら”、それなりの準備はしてきたはずだ。

 「障害者になるかどうかなんて、わかるわけないだろ!」

という突っ込みが入りそうだが、僕の場合、少なくとも予測はできたはずだ。

なぜなら、『遺伝病』だから。


実は親父が同じ病気で、親父は僕にも遺伝する可能性があることを“知っていた”。

しかし、そのことを僕には“言わなかった”。

長い間、僕は遺伝のことはもちろん、病名すら“知らなかった”のだ。

僕がすべてを知ったのは、20代も終わりの頃、自分自身が発病してから。

それも、子供ができてからのことだ。

このことの意味は深い。

病気が遺伝する可能性が高いとわかっていたら、果たして子供をつくっていただろうか・・・?

もしも子供に遺伝していたら、子どもが結婚したり子供つくったりするときに、また同じ苦悩に直面し、さらにそのまた子供が・・・と未来永劫繰り返される可能性がある。

こんな忌まわしい鎖はどこかで断ち切った方がいいんじゃないのか??


うちの親父はロクデナシだ。

遺伝しているかどうかはわからないにしても、その可能性がある(高い)ことくらいは説明しておいて、心の準備をさせておくのが親のつとめというものだろう。

それだけでも僕の現在の苦悩は軽減されていた可能性がある。

少なくとも職を転々とするようなことはしなかったと思う。

いや、まあ「稼げない障害者」になってしまったことは僕自身の責任でもあるので、責めはしない。

しかし、遺伝のことは親父と僕だけの問題じゃないのだ。




■あとがき

昨夜、ノートPCにビールを思い切りぶちまけてしまいました(泣)。

そんなに酔っ払ってたわけじゃありません。

単に手元に置いたコップが視野に入らずに、手を引っ掛けてしまっただけなんです。

普段でもこういう失敗はかなり多いです。

視野に入らない=まったく見えないわけだから、そこにそれが存在するということをフッと“忘れてしまった”その瞬間、悲劇が起こります。

フツーの人なら視覚で“無意識のうちに”回避してることを、僕の場合は記憶と推測で“意識的に”カバーしてるんです。

不注意とはいえ、そんなに四六時中注意深くなってられません。

どんなに注意したって、見えないものは見えません。

ちなみに、まだ買ってから半年しか経ってません。。。

こういうのって補償されないんですよねえ?

まあなんとか乾かして今は普通に?動いてるようだけど・・・
(キーボードが一部ベタベタしてる)

大丈夫なんだろうか。


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