失うことの恐怖

アッシャー症候群との闘い! > コラム

失うものなど何もないと思っていても

失ってみてはじめて

持っていたことに気付くこともある


求めれば求めるほどそれは遠ざかり

懸命につかもうとすればするほど

掌からこぼれ落ちてゆく


粉々に砕け散ったそれらの欠片を拾い集めて嘆いてみても

もうあの美しい日々が蘇ることはないのだろう


今辛うじて繋ぎとめているわずかなものが

存在理由のすべてであり

それを失うかもしれないことが

唯一の恐怖である




■あとがき


最初から持っていなければ苦にもならないのかもしれませんが、確かに持っていたものを失くすという喪失感は計り知れないほど大きなものです。それが大切なものであればあるほど。


他人から見れば僕は十分幸せに見えたとしても、幸不幸は主観的なもの。今の僕は幸せではないな・・・。


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